BL21DE3のブログ

誰に向けた訳でもない自分の備忘録と勉強の軌跡

Casって何者?

 前回の記事ではCRISPRの役割について説明した。

bl21.hatenablog.com CRISPRの話をする上で避けては通れないのがCasタンパク質である。前回は意図的に具体的な話をしなかったが、今回の記事はCasをメインに説明したい。

前回の記事で説明した通り、CRISPR-Casは外部の脅威=可動性遺伝因子(MGE)に対する防御システムである。そしてCRISPRは過去に遭遇したMGEのデータベースと説明した。データベースだけあってもMGEを無効化するシステムがなければ実際に原核生物の細胞をMGEから守ることはできない。その役割、すなわちCRISPRに保存されたデータと、細胞内に侵入を試みる侵入者の顔=DNA配列を照合し、一致した場合に侵入者を排除する役割を持つのがCasタンパク質である。

ここまで単にCasタンパク質とだけ説明したが、ゲノム編集の話を少しでも聞いたことのある人であれば違和感を持つだろう。ゲノム編集で有名になったのはCRISPR-Cas9システムである。「9」って何?という疑問はあって然るべきである。そう、Casタンパク質はCRISPRに関連したタンパク質の総称であり、単一のタンパク質の名称ではない。現時点で大雑把に分類して10種類以上のCasタンパク質が知られており、一つのCRISPR-Casシステムには3個以上のCasタンパク質が付随している。Cas9はその内の一つである。また、付随するCasタンパク質の組み合わせにより、CRISPR-Casシステムは細かく分類できる。

Evolutionary classification of CRISPR–Cas systems: a burst of class 2 and derived variants | Nature Reviews Microbiologywww.nature.com

↑最新の分類体系。

www.nature.com

↑少し古い分類体系。こちらはResearchgateにPDFあり。

CRISPR-Casシステムの中でも、ここではII型のCRISPR-Casを例にとってその機能を説明しよう。II型を例に取るのは(1)有名なCRISPR-Cas9システムの元となっているのでゲノム編集の話にもつなげやすい、(2)関与するCasタンパク質の種類が少ない(この関与タンパク質が少ないことこそがゲノム編集技術にも応用できた所以である)ため説明がしやすい、(3)研究が非常に活発といったメリットがあるためである。II型でも特に構成タンパク質が単純なII-C亜型のCRISPRを構成するタンパク質としてはCas1、Cas2、そして有名なCas9が知られる。

さて、CRISPR-Casによる防御システムは3つのステップによって構成されている。最初のステップがadaptation、次がexpression、最後がinterferenceである。各ステップにおいて異なるCasタンパク質が働くため、Casタンパク質の役割はCRISPR-Casの各ステップに沿って説明する。

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II型CRISPR-Casシステムによる防御の仕組み

第一のステップ、adaptationは、ヒトの免疫でいうところの感作に相当する。この過程ではCRISPRというデータベースに新しいスペーサーとして新規に感染してきたMGEのDNA配列が取り込まれる。このスペーサーの取り込みはCas1タンパク質とCas2タンパク質が一緒になって行う。実はこの二つのタンパク質はCRISPR-Casの間で高度に保存されており、II型に限らずほぼ全てのCRISPRにおいて、新規スペーサーの獲得にはこの二つのタンパク質が関わる。

第二のステップ、expressionは、CRISPR座位のDNA配列を鋳型としてcrRNAと呼ばれるRNA配列を合成する過程である。まずCRISPRの配列全長が転写され、pre-crRNAと呼ばれる長いRNAができる。この長いRNAはリピートに相補的な配列の部分で切断され、短いRNA=crRNAに成熟する。この時、II型CRISPRではさらにtracrRNA*1と呼ばれるcrRNAと相補的な配列を持ったRNAが別に転写される。Cas9とtracrRNAはpre-crRNAと複合体を形成し、これをRNase III*2が切断することでpre-crRNAが成熟し、Cas9-crRNA-tracrRNA複合体が形成される。

第三のステップであるinterferenceはMGEの再侵入時に行われる、感染阻止の過程である。Cas9-crRNA-tracrRNA複合体はcrRNAの配列(すなわちスペーサー)と相補的な配列を持つDNAが再び侵入してきた時に、これを切断してしまう。遺伝情報を保持するDNAが切断されてしまったMGEは感染を成立できなくなるため、結果として原核生物はMGEから守られる訳である。

という訳で、前回「CRISPRのスペーサーは実はウイルスバスターのパターンファイルと同じで、過去に遭遇した脅威=MGEの配列が保存されている。そしてCasタンパク質は新しく入ってきたDNAがCRISPRに保存された配列と一致する場合に、これを直ちに壊してしまうことで原核生物を既知の脅威から守るわけである。」と説明した内容の少し具体的な話でした。ちなみに最近ではバイオ系が専門でない人でも知っているゲノム編集は、CRISPR-Casシステムの3つのステップのうち、最後のinterferenceのステップを応用しているものである。

上で説明した通り、CRISPR-Casを構成するCasタンパク質は分類系統によって異なり、例えばCas9はII型に特徴的なタンパク質で、他の系統には存在しない。では他のCRISPRではどうやって再感染したMGEの核酸を切断するかというと、例えばI型ではCas3が切断の役割を担うなど、(Cas1-Cas2がほぼ共通していることを除けば)それぞれの系統で異なるタンパク質が各ステップで機能している。逆にCasと名のつくタンパク質であれば基本的には上の3つのステップのどこかで機能していると考えて良い。詳しい話は上でリンク貼った引用文献で。

CRISPR-Casシステムに関連したトピックとして「自己非自己の識別」や「ゲノム編集技術」、「自己免疫的なスペーサー」なんかがある訳だが、それはまた今度。

*1:本当はII型でもtracrRNAを欠くものがある

*2:CRISPR-Casの構成タンパク質には含まれず、より普遍的な役割を持つタンパク質