BL21DE3のブログ

誰に向けた訳でもない自分の備忘録と勉強の軌跡

自己と非自己とCRISPR

もはや一年以上前の話だが、前々回と前回でCRISPR-Casシステムの生理的な役割について書いた。今回の記事ではPAM配列の役割と自己非自己の区別について書く。早く本題に入れという人は1. 本題から読んでください。

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今回の主題はPAMというモチーフです

bl21.hatenablog.com

 前々回の記事

 

bl21.hatenablog.com

 前回の記事

0. 前置き

これまでの記事でも説明なく書いたが、CRISPR-Casは原核生物の持つ「免疫系」、それも「獲得免疫系」という説明をされることが多い。そもそも生物は他の生物とのせめぎ合いの中で発展してきた長い歴史を持っており、免疫系とは他の生物と自分を区別し、他の生物からの侵略を防ぐシステムと説明される。免疫系の歴史は古く、動物と植物が一部の防御機構を共有している事から、我々人類がまだ単細胞生物だった頃には既に何らかの防御システムを持っていたと考えられている。ヒトに限定して話を進めると、免疫系の仕組みは大きく自然免疫系と獲得免疫系に分類できる*1。大雑把に言えば、自然免疫系は「何となく怪しいやつを片っ端からやっつけてしまうシステム」であり、獲得免疫系は「既に悪いやつだと知っているやつに限ってやっつけてしまうシステム」である。

この自然免疫系と獲得免疫系によって悪いやつを排除してしまう時に大事なのが、うっかり味方をやっつけてしまわないようにすることである。これは自己と非自己を区別することによって成し遂げられる。例えば自然免疫系ではパターン認識受容体と呼ばれる分子が存在し、自分の細胞には存在しないが病原体は持っている分子を検出することができる。代表例がTLR4で、この分子は細菌に特有の分子であるLPSを検出する。TLR4がLPSを検出するとそれを持っている侵入者を殺してしまうシステムが働き、結果的に細菌が殺されてしまう。また、獲得免疫系においては抗体が武器となって侵入者から自らの細胞を守る役割を担う*2。獲得免疫系には過去に感染してきた侵入者を記憶する仕組みがあり、獲得免疫系において産生される抗体は記憶済みの侵入者が持つ分子にだけくっつく。抗体がくっついた侵入者は何らかの方法で無力化されるため、結果的に抗体は過去に遭遇した侵入者を特異的に無力化することになる。そのため、自らを攻撃してしまうことはない*3

1. 本題 

さて、若干長々と前置きを書いたが、言いたいことは単純だ。我々の持つ免疫系は自己と非自己を区別することができる。そうしないとうっかり自分の細胞を自分で殺してしまうからだ。ではCRISPR-Casは自己と非自己を区別できるか?答えは「Yes」だ。じゃあどうやって?それが今回の本題。

そもそもCRISPR-Casシステムは侵入してきた核酸(DNAやRNA)を切断する仕組みだ。そして切断の対象となる配列はスペーサーと同一の核酸配列である。だがちょっと待ってほしい。スペーサー配列と同じ配列が切断されてしまうのならスペーサー配列自身も切断の対象となってしまう。また、スペーサー配列と相同な配列がうっかり自分のゲノムDNAにもあったらやはりそこで切断されてしまう。それは困る。そこでCRISPR-Casシステムにおいても自己非自己、すなわち自分の核酸配列と侵入してきた外来の核酸を区別する必要があり、そのために用いられるのがプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)と呼ばれる2-5 bpの短い配列である。

今で言うところのPAMが発見されたのは、CRISPR-CasシステムがMGEに対する防御システムではないかと言われ始めた頃である。2005年頃、まずCRISPRのスペーサーがファージのゲノム配列から獲得されたものであることが知られるようになる。今ではこのスペーサーの由来となる配列は、スペーサーの源になる配列という意味でプロトスペーサーと呼ばれるが、研究者たちはこのプロトスペーサーとその前後の配列を並べてみる。そこでプロトスペーサーの近傍の5 bpの領域がACAAA、GTAAA、ATAAAなどの特定の配列に偏っていることに気づいた。しかしながら、この時はこの保存された5bpのモチーフ*4が、何の役割を持つかまではわからなかった。

www.microbiologyresearch.org

↑(今で言うところの)PAMを初めて発見した論文

 

この謎のモチーフにPAMという略称が付けられたのは、CRISPR-CasがMGEに対する防御システムであることが証明された後の2009年。ここで下の論文の筆者らはPAMの配列がスペーサの取り込みに極性を与えている、つまり、PAMの向きとスペーサーとして取り込まれる配列の向きが常に一致することを示した。また、PAMがCRISPR-Casのシステムによって異なることもこの時点で明らかにされる。つまり、CRISPR-Casと一口に言っても連鎖球菌のものと大腸菌のもので全然機構が異なる訳だが、同じように一口にPAMといってもCRISPR-Casが異なればPAMも違う。

www.microbiologyresearch.org

↑PAMを命名した論文

 

その後何やかんやあって、CRISPRがadaptationの過程で外来遺伝子を取り込む際にはPAMが近くにある配列を選択的に切断して取り込むこと、CRISPRを持つ原核生物のゲノム上にあるスペーサー配列は近くにPAMが存在しないためにCRISPR-Casによって切断されないことなどが明らかにされる。また、PAMの存在はCRISPR-Casを応用したゲノム編集を行う際にも制約条件となる。ゲノム編集技術はCRISPR-Casシステムの第三のステップであるinterferenceを利用しているが、この工程においてもCRISPR-CasシステムはPAMが近くにない配列を切断きない。従ってある系を利用してゲノム編集を行う際には、目標とする配列の近くにそのCRISPR-CasシステムのPAMがないとならない。それゆえ、色んなグループがPAMの異なる様々なCRISPR-Casを応用したゲノム編集技術を開発する訳である。PAMの異なる複数の系があれば、そのうち一つぐらいは任意の配列の近傍にあると期待できるのだから。

とはいえ、開発初期はともかく、最近主に使用されている系ではPAMの制約はほとんど取り払われており、あまり気にする事ではないのかもしれない。

2.おまけ

自己と非自己の区別は生物の恒常性維持に重要な役割を果たし、これが破綻すると疾患を引き起こす。この免疫系の破綻は哺乳類においては多発性硬化症のような自己免疫疾患として顕在化するが、CRISPR-Casシステムも哺乳類の免疫系と同様に自己を標的としてしまうことがある。これはself-targetingスペーサーとも呼ばれる現象で、基本的に自分のゲノムを切断して壊してしまうので自身には不利益をもたらす。自己標的型のスペーサーが存在する機構はPAM配列を持つ自分のゲノム配列をうっかり取り込んだり、標的配列を持つ外来遺伝子を排除し切れずにプロファージなどの形でうっかり感染してしまったりしたときなどに生じる。そのままでは不都合なのでスペーサーとして取り込んだ配列に変異が生じたり、スペーサーが抜け落ちたり、Casが機能を失ったりして対処?するらしい。なんともそそっかしい話である。

www.frontiersin.org

↑おまけの話はこちらから

 

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 ↑(真核生物の)免疫系の話は基本的に『免疫生物学』が出典です

 

*1:ちなみに獲得免疫系は基本的には脊椎動物しか持っていない

*2:細かくいうと獲得免疫系は細胞性免疫と液性免疫に区別できて抗体は後者の武器に過ぎず、細胞性免疫では他の武器を使うが、あまりに本題からそれるので割愛

*3:自らをうっかり攻撃してしまうことが無い訳ではなく、うっかり自分を攻撃してしまう抗体が産生されると自己免疫疾患が発生する

*4:今更ながら説明しておくと、生物学の文脈においてモチーフとは似たような機能を持つDNAやアミノ酸において保存されている配列上のパターンのことです