BL21DE3のブログ

誰に向けた訳でもない自分の備忘録と勉強の軌跡

CRISPRはウイルスバスターのパターンファイルだよ、というお話

今の所属先はジャーナルクラブがあまり頻繁に回ってこない。しかも今年は新型コロナのせいで延期・中止が頻発し、結果的に一度も回ってこなかった。そこで5年眠らせていたこのブログを掘り出して(気が向けば)1人ジャーナルクラブをやりたい。内容はCRISPRに関連するもの。しかしいきなり始めてもそもそもCRISPRって何?ところから始めないとならないので、とりあえず、この記事でCRISPRとは何かということを説明したい。なお高校生物ぐらいは概ね理解している人を読者として想定している。「RNA?DNAのこと?」とか、「ウイルスと細菌って何が違うの?」とか思ってしまう人にはちんぷんかんぷんかもしれない。

2020年度のノーベル化学賞はエマニュエル・シャルパンティエとジェニファー・ダウドナの2人に送られた。この2人の受賞理由は「ゲノム編集手法の開発」であり、このノーベル化学賞を受賞した技術の背景にあるのがCRISPR、あるいはCRISPR-Casシステムである。ゲノム編集についてこの記事では説明しない。(気が向けば)別の記事で説明する。

本題。CRISPRとは何か。一言で言えば「原核生物が持っているゲノム上の反復配列で、可動性遺伝因子に対する獲得免疫機構の構成要素の一つ」である。

では、もう少し丁寧に説明しよう。原核生物とは細菌と古細菌のことである。これらの生物は単細胞であり、原則的に核膜を持たないなど、我々を含む真核生物とは異なった構造を持つ。

CRISPRがそんな原核生物のゲノム配列から発見されたのは1978年に遡る。発見したのは現在九州大学に石野良純先生。ただ、当時はiap遺伝子という酵素遺伝子のことを調べていた時にたまたまゲノム配列上に見出したよくわからない謎の配列という扱い。当時はDNAの配列を読むのも一苦労な時代だったこともあり、また今とは比較にならないくらいデータベースも限られていたので、機能がわからなかったのも無理はない。

jb.asm.org

↑はその時の論文

一方、機能が不明ではあったが、この時点でCRISPRの構造的特徴はすでにほぼ定義されている。CRISPRの構造的特徴は、下の模式図に示した反復配列(リピート)とリピートの間に挟まれたスペーサーの組み合わせにある。単細胞多細胞を問わず、生物のゲノムに同じ配列が繰り返される反復配列が見出されるのは珍しいことではない。しかし、繰り返しの単位であるリピートが規則正しく等間隔に間=スペーサーを開けて並ぶ構造はあまり一般的ではないと思われ、CRISPRに特徴的である。

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当初は大腸菌で発見されたCRISPRだが、その後細菌や古細菌の間で普遍的に存在する構造であることが徐々に明らかにされる。また、2000年代初頭までにはインターネットの普及もあってDNA配列のデータベースがかなり拡充し、既に解読済みのゲノム配列と新規に読まれた配列の比較が容易になる。こうした技術的な進歩を背景に、CRISPRの近傍にCRISPR関連タンパク質(Casタンパク質)と呼ばれるタンパク質の遺伝子があることが明らかになり、また、CRISPRのスペーサー配列がファージやプラスミドに由来することが判明する。

ファージは原核生物に感染するウイルス。ウイルスというと近頃はウイルス=コロナウイルスぐらいの勢いで語られがちだが、ファージは細菌や古細菌にしか感染せず、ヒトやその他の動物には感染しない。そして下の模式図のような、SFの映画に出てくる宇宙船みたいな形をしている。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/11/Bacteriophage_structure_ja.png

user:Y_tambe, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

プラスミドは細菌が持っている、ゲノムDNA以外の遺伝情報を保持する環状の短いDNA。例えば大腸菌の全ゲノム配列はおよそ5×106塩基長程度だが、プラスミドは(ものによってかなり幅があるものの)103のオーダーと考えて良い。プラスミドは、細菌の増殖に必須ではないが特定の環境下において役に立つ遺伝情報を持っていることが多い。

ファージやプラスミドは可動性遺伝因子(英語表記の略称でMGEと呼ばれることが多い)とも呼ばれ、ある系統から別の系統に遺伝子を移す働きを持つ。あるPCから別のPCにデータを移すUSBメモリみたいなものである。

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ところで、ファージやプラスミドは原核生物にしてみれば余計なものであり、できれば受け入れたくないものである。ファージは感染した原核生物を殺す*1し、プラスミドは役に立つことが多いものの、発育に必須ではないため、役に立たない状況下では単なるコストである。ノートPCにバスパワーの外付けHDDを使いもしないのに付けていたら無駄に電源が消費されて、電池切れが早まるだけである。それと同じ。

従って可動性遺伝因子にはできれば感染したくない。そこで働くのが原核生物のもつ「免疫系」の仕組みである。そしてCRISPRはCasタンパク質とともに、原核生物の「免疫系」の一部を構成する。この「免疫系」は外部から余計なデータが入ってこないようにPCを守るウイルスバスターみたいなものと思えばよい。

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余談だが、セキュリティソフトがウイルスバスターだけでないように、原核生物の持つ「免疫系」の仕組みもCRISPR-Casだけではない。最近では使用頻度が激減中の制限酵素分子生物学の実験系で特定の核酸配列を切断するために使われてきたEcoRIとかNotIとかそんな名前のついているあの酵素たちである)は最もよく知られる防御システムのエフェクターである。制限修飾系と呼ばれるシステムの詳しい説明は分子生物学の教科書に書いてあるので、ここでは説明しない。

さて、ウイルスバスターのようなセキュリティソフトはどのようにPCを外部の脅威から保護しているかご存知だろうか。実はウイルスバスターのようなセキュリティソフトも全くの未知の脅威からPCを守るのは難しい。そこでパターンファイルと呼ばれるPCに悪影響を及ぼすファイルのデータベースを作成しておく。そして何らかの方法で入ってきたファイルがパターンファイルに登録されていたものと類似する場合は、そのファイルを隔離したり削除したりすることでPCを脅威から守る*2

CRISPR-Casはまさにこのウイルスバスターと同じことをする。CRISPRのスペーサーは実はウイルスバスターのパターンファイルと同じで、過去に遭遇した脅威=MGEの配列が保存されている。そしてCasタンパク質は新しく入ってきたDNAがCRISPRに保存された配列と一致する場合に、これを直ちに壊してしまうことで原核生物を既知の脅威から守るわけである。これが実験的に証明されたのが2007年のことである。

CRISPR Provides Acquired Resistance Against Viruses in Prokaryotes | Science

↑非常に有名な2007年の論文。リンクは貼らないがresearchgateでPDFが入手可能。

という訳で、CRISPRをウイルスバスターのパターンファイルに擬えて、その役割を説明した。次回(があるのかはわからんが)は実際にCRISPR-Casがどのように外部の脅威から原核生物を守るか、もう少し詳しく説明したい。質問や間違いの指摘はコメント欄まで。

*1:厳密にはそうとも限らないが、ここでは割愛

*2:とは言うものの筆者は情報系の専門知識はほとんどないので間違っているかもしれないが、ご了承ください